2014年8月29日金曜日

シャープ「アクオス・クリスタル」の乾坤一擲

これは日本メーカーのお手本です。
似たような革新的でユーザーの目を引くような製品をどんどん世の中に送り出し、競争力を高めて行けることを祈ります。

 シャープがソフトバンクを介して8月29日から販売を始める新スマートフォン「AQUOS CRYSTAL(アクオス・クリスタル)」は、これまでにない新しさを持った端末だ。

【詳細画像または表】

 従来の携帯電話端末の液晶ディスプレイには「縁」(フレーム)があった。だが、アクオス・クリスタルではフレームがかなり細くなっており、まるで「ガラスが置いてある」「画面だけがある」かのような感覚に陥る。これをシャープでは「フレームレス構造」と称している。

 アクオス・クリスタルは、液晶技術を得意とするシャープらしい製品であると同時に、同社として久々に「世界市場へ打って出る」製品だ。同社の開発チームに、開発の経緯と世界戦略について聞いた。

■ 「日米共同調達」にチャレンジ

 「最初は、フレームレス構造のものが出来たので、それをソフトバンク向けにお見せした、というだけ。海外展開ありき、ではありませんでした。しかし、ソフトバンク側に非常に気に入っていただけて、その流れで、『国内だけでなくグローバルでの展開を検討しましょう』ということになったんです」

 シャープでアクオス・クリスタルの商品企画を統括した、通信システム事業本部・商品企画室の澤近恭一郎室長は、商品展開の経緯をそう説明する。

 アクオス・クリスタルは、フレームレス構造の外観が特徴だが、それだけでなく「調達形態」も特徴的だ。米スプリントを傘下に収めたソフトバンクグループが、日米で共同開発・共同調達を行い、スケールメリットを生かしたビジネス展開をする。日本メーカーは、スマートフォンの世界で苦戦しており、シャープも例外ではない。世界展開が難しく、スケールメリットが出にくいためだ。しかし今回、シャープは久々に海外向けの大型案件を手にした。

 シャープはソフトバンクとは密接な関係にあり、シーズンごとにフラッグシップモデルを提供する間柄。そこで、自信のある技術を軸にしたモデルを持ち込んだ結果、今回の提携につながった。

 これまでシャープは、海外市場向けの商品展開は薄く、開発についても「日本モデルを作ってから、それをどうやって海外展開するか、という形」(澤近室長)だった。だが、共同調達モデルになるため、開発の方法は大きく変わった。基本的な設計は共通で、各国の事情に合わせた無線通信部分だけが変わる。海外のスマートフォン大手ではあたりまえの開発手法だが、国内ビジネス中心だったシャープではようやく導入されるやり方になる。

 「アメリカでどういうスペックの商品を出せばいいか、なかなかわからなかったところがあります。しかし今回、フレームレス構造をはじめて見た時『これはとんでもないものだ』と感動しました。その驚きはアメリカでも日本でも変わらないはず。それをご覧いただける商品を作ればいい、ということで、あまり迷うこともなく、最終的な商品スペックは決まった」(澤近室長)という。

■ ブランド力不足を「フレームレス一点突破」でカバー

 フレームレス構造の液晶は、シャープが数年前から開発を続けてきたものだ。この商品で初お披露目というわけではなく、技術展示会などでの展示は行ってきた。また2013年からは、フレームレスとはいかないまでも、額縁が狭い製品を「EDGEST」ブランドで製品化し、自社スマートフォンに搭載してきた。それが「フレームレス」まで至った秘密はどこにあるのか。液晶パネルの開発を担当した、システム開発部・主任研究員の前田健次氏は「秘密はトータル設計にある」と話す。

 アクオス・クリスタルのフレームレス構造液晶は、フレームが細い液晶パネルだけで出来上がっているわけではない。採用しているものは、シャープが回路設計などで工夫を加え、「EDGESTに比べ60%まで細くなった」ものを使っているが、それだけでは「フレームレス」にはならない。バックライトやタッチパネルモジュールも専用設計にし、フレームの細さを欠点としないような工夫をしなければならないからだ。

 そしてもう一つの秘密が、ディスプレイの表面につけられたアクリルカバーだ。このカバーはエッジがカットされていて、レンズのような構造になっている。エッジ部分で液晶パネルからの光が広がり、フレームの一部を隠すような形になるため、本来液晶パネルが持つフレームよりもさらに細く見えるようになっている。ある意味「コロンブスの卵」的な発想だ。

 それを作るのも簡単ではない。適切な効果を得られるよう、アクリルカバーは大量の試作品が作られ、最適なものが選ばれた。その見栄えは、CADやシミュレーションだけで把握できる範囲を超えていたため、実際に作った上で「技術者とデザイナーが確認しながら進める必要があった」(デザインを担当した、通信デザインセンターの小山啓一所長)という。一般的に、スマートフォンの液晶はガラスによってカバーされる。硬度ではそちらの方が有利だが、ガラスではレンズ構造を実現する「サイドのカット」が難しい。そこで、アクリルを素材としつつも硬度を高める加工を加えることで問題を解決した。このあたりは技術とノウハウの塊であり、「他社がすぐに追従できないと信じている」(前田氏)という。

■ フレームレスは他社にはない独特のもの

 とはいえ、フレームレス液晶も万能ではない。厚みの点では既存の液晶より不利であり、「薄型化が差別化要因だった時には、なかなか採用に至れなかった」(小山所長)という。今回より薄型化に成功したが、それでもまだ少々厚い。また、アクオス・クリスタルは、日本のスマートフォンで標準装備となりつつある「防水」に対応していない。フレームレス液晶に防水のための止水機構を加えると、フレームの細さがスポイルされてしまうためだ。「現状では制約条件であり、今後の解決を模索している」と前田氏は言う。

 「狭額縁」よりもさらに額縁感のない「フレームレス」は、現状シャープならではのものだ。ソフトバンクグループのシナジーによる日本・米国同時展開は、シャープにとって久々に大きな案件である。販売量が見込めることについて、シャープ側はもちろん喜んだ。だが、開発チームがまず考えたのは、少し違うことだった。

 「これで、フレームレスという特徴を、もっと多くの人に感じてもらえる」。パネルの特徴が評価されることを、なによりも喜んだのだ。

 製品は完全に「フレームレス」一点突破になった。デザイン担当のプーレン・フィリップ氏は「画面のカットが目立つので、それをいかにシンプルかつエレガントに見せるかに特化しました。背面のテクスチャーの精度にこだわったのもそのためです。また、通常SIMカードのスロットは側面に用意するのですが、この機種では裏蓋の中にしました。サイドにスロットの切り欠きがあるのはエレガントではないためです」とコンセプトを説明する。ソフト面でも「画面端にスクロールバーなどが見えては興ざめなので、ふさわしい形にした」(ソフト担当の清水寛幸氏)という。

 シャープのスマートフォンは、アメリカでブランド力がない。そのため開発チームでは「発表したとしても注目されないのでは」と危惧していたという。だが結果的に、アメリカでは「シャープ」でも「アクオス」ではなく「フレームレス」という部分に注目され、多くの報道が行われた。開発チームとしてはそれがうれしかった。なにより、彼らが信じた部分を、アメリカのユーザーが驚いてくれたからだ。

■ 「魅力ある低価格モデル」を高く売る日本市場

 アクオス・クリスタルは、いわゆるハイエンドモデルではない。アメリカ市場の状況も鑑み、スペックや機能は抑えめにし、入手しやすいモデルにしている。「フレームレス一点突破」も、スペックを抑えめにしたゆえのものでもある。価格は、スプリント向けが239.99ドル、同社のMVNOであるヴァージンモバイル・ブーストモバイルでは149.99ドルだ。しかもこの「149.99ドル」は、長期契約による縛り無しでの価格である。日本メーカーはハイエンド製品では強いものの、低価格モデルに弱いと言われている。その中でこれだけの商品力を出せたことは特筆に値する。

 しかし、日本での売り方は少々異なる。日本では、アクオス・クリスタル本体全量に「Harman Kardon ONYX STUDIO」という大型スピーカーがセット販売される。販売価格は、一括の場合で5万4480円。新規やMNP(番号持ち運び制度)で購入し、2年間使い続ければ「実質0円」となるわけだが、アメリカの価格に比べるとシンプルでなく、いかにも高い。シャープは製品をソフトバンクに納入する立場であり、販売施策はソフトバンク側の判断だ。Harman社とは、圧縮音源の復元技術「Clari-Fi」の導入で協力体制にあり、「その音質を判断していただくのに適切なセット」(澤近室長)というものの、日本の販売形態にあわせた強引なセット化、という印象が否めない。

 スマートフォンのさらなる普及を考える上では、「特徴のある低価格モデル」の存在が必須だ。そうしたものを日本メーカーからも提案できる状況において、ソフトバンク側の販売施策が少々硬直した状況にあり、「もったいない」と感じるのは、筆者だけではあるまい。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140829-00046595-toyo-bus_all

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